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BIKEN めぐり旅

85th Anniversary
BIKEN めぐり旅
創設の地記念碑

1934年6月 誕生

谷口腆二博士の働きかけと、山口玄洞氏の支援で誕生したBIKEN財団。
その出発点は、大阪市北区の堂島に建てられた大阪帝国大学微生物病研究所から借りた地下室でした。
かつて大阪帝国大学微生物病研究所のあった場所(現NTTデータ堂島ビル)には、創設の地記念碑が残されています(写真右)。

1935年 石橋研究所 設立

大阪府箕面市の大阪帝国大学医学部付属病院石橋分院の敷地を借り、血清・痘苗(天然痘ワクチン)製造用に石橋研究所が建てられました。この後、ワクチン製造機能が観音寺に完全移管する1964年までの30年間、血清類と痘苗の製造が行なわれました。

※写真上・左/検疫舎、写真上・右/厩舎

1946年 観音寺研究所 設立

需要が急増した発疹チフスワクチンを製造するために、当時の三豊郡観音寺町に観音寺研究所を開設しました。
当時、堂島ではコレラワクチンを、石橋研究所では痘苗を、そして観音寺では発疹チフスワクチンを製造しており、国内の衛生状態を向上させるために各地の製造所がフル稼働で製造を行ないました。

※写真/観音寺研究所本館

黐(もち)の木
阪大微生物病研究会は、
黐(もち)の木を寄贈

1962年 ㈱日本生ポリオワクチン研究所 設立

1960年に全国でポリオが大流行した際、ワクチンを緊急輸入に頼らざるをえなかった経験から、生ポリオワクチンの国産化が急ピッチで進められました。全国のワクチンメーカーから技術者を集結させて組織されたポリオ研究所は、少しでも早く製造をスタートさせるため、当時の北里研究所の製造施設を借り上げる形で発足しました。ポリオ研究所は当初、株式会社として発足しましたが、その公益性の高さから1968年に財団法人となり、1970年には現在の東京都東村山市に製造所を構えました。敷地内には、設立に寄与した6社のワクチンメーカーから寄贈された木が植樹され、その歴史を見守ってきました。

※写真上/当時の北里研究所(東京都)

1967年 大阪大学吹田キャンパス内に移転

大阪大学のキャンパス統合計画に伴い、BIKEN財団も堂島から現在の吹田キャンパス内に移転。
正面右側、えんじ色の壁の建物は図書館で、後に現在の財団本部が入居する融合棟が建設されました。

※写真上/中央が研究所本館、左側には付属病院。

1971年 雲岡支所 設立

細胞培養法を用いるワクチン製造法が主流になりSPF動物(specific pathogen free animal:動物実験やワクチンの原料として用いる特定の微生物に感染していない動物)の必要性が高まったことから動物飼育場として雲岡支所が設立されました。

※写真上/設立当初の雲岡支所

2011年 瀬戸センター 設立

高まるワクチン需要への対応と観音寺研究所の老朽化対策のために、観音寺研究所と同市内に瀬戸センターが設立されました。
最初の建屋が完成した2011年以降も次々と製造施設が増築され、観音寺研究所(八幡)とのワクチン製造2拠点体制確立に向けた整備が続いています。

※写真上/竣工当時の瀬戸センター