プロジェクトに関するエピソードや、心に残る出来事は何でしょうか?
プロジェクト発足時の際、6カ月間にわたり、プロジェクト委員会の行動計画書を策定するための検討を行っていました。予算も無く、皆手弁当で夜遅くまで議論したものです。行政の方も非常に熱心で、「はしかを無くすために、できることは何でもやろう!」という熱意にあふれていました。私は小児科医ですから、議論の中でも、ついつい口出ししたくなる時もありましたが、決して指示をしたり、非難したりはしないように心がけました。それぞれの立場の人が、常にお互いできることを考え、アイディアを出し、不足点は補い、納得して初めて、強力な協力体制を築けると考えたからです。麻疹との闘いは一過性のものでは無く、長期的に続くものです。関係者全員のモチベーションを常に高めていかなくてはと思いました。
様々な人の力を集めてプロジェクトにあたること。これは、大きな成果を生みます。那覇市の例を挙げましょう。当時の那覇市には県内の1歳児の約20%にあたる、3,390人の1歳児が居住していました。しかし麻しんワクチンの接種率は平成13年(2001)には73.0%、平成14年(2002)には78.3%と低迷し、再びいつ流行が起きてもおかしくない状況でした。そこで、平成15年(2003)9月9日に、那覇市健康推進課・こども課、那覇市立病院小児科、那覇市医師会、県中央保健所、そしてはしかゼロプロジェクト委員会の五者で会議を持ち、早めの予診票の送付(11カ月~12カ月児)や、健診時(1歳半、3歳児)での未接種者の拾い上げ、母子保健推進員の健診未受診者への家庭訪問など、迅速な接種に繋がる手段を9月よりただちに実行したところ、平成15年(2003)度の接種率は90.7%にまで上昇しました。一度の会議で、これだけの成果が得られるということは、予防接種率向上のためには、関係者の連携がいつもいかに大切であるかを物語っています。
プロジェクトから得られた教訓と今後の課題は?
プロジェクトを通して、私たちは常に、「やれることは何でもやる。」「すぐにできることから始める」という一貫した姿勢で計画を実行に移してきました。そういった迅速かつ多岐にわたる行動は、接種率の向上や、患者数の減少など、目に見える形で麻疹の流行予防に効果的であることを示すことができました。私たちは「やればできる」という確信を持つことができました。今後もワクチン接種率95%への向上と維持を目指してあらゆる手段を講じていくつもりです。また、こういった草の根的な活動が沖縄だけでなく、全国に広まり、そして共通の認識をもつ人々を増やしていきたい、そのためにも、これからも私たちの経験を公開し、情報発信していきたいと考えています。
今後も麻疹の再流行を防止するためには、乳幼児だけでなく、全世代の感受性者を無くす必要があります。よって、現在は第3期、第4期定期接種への働きかけも重視しています。今年9月30日時点での沖縄県での平均接種率は、第3期53.0%(47都道府県中37位、全国平均53.0%)、第4期41.2%( 47都道府県中42位、全国平均47.6%)と低迷しています。先日うるま市において第3期、第4期定期接種対象者に行ったアンケートでは、彼らが「はしかについて知る」情報源は、「テレビ」と同等に「学校の通知」が多く挙げられていました。(下記アンケート結果参照)。これは、中学生・高校生に対する接種勧奨においては、マスメディアを用いた広報だけでなく、学校関係者の協力が最も重要であるということを示しています。さらに平成22年(2010)には沖縄県で全国高等学校総合体育大会(夏季大会)の開催が予定されています。全国の高校生が集まる中、麻疹の流行が起こることのないよう、今から徹底的な予防対策が必要なのです。プロジェクト委員会も今後は学校関係者、教育関係者に協力を仰いでいく活動を進めます。

最後に、現在の予防接種に関しての御意見を頂戴します。
日本では新しいワクチンの認可が遅かったり、予防接種制度の頻繁な変更があったりと、予防接種行政が遅々として進まない現状があります。
その一因として、「誰のため、そして何のために予防接種を実施するのか?」という点について行政と私たち小児科医との間に基本的立場のずれがあるように思います。行政は、「ワクチンの効果と健康被害のバランス」という呪文にとらわれすぎではないかと思うのです。
私たち小児科医が予防接種を実施しているのは、一番に、子どもたちの健康のためです。予防接種による健康被害に対する注意とケアはもちろん必要です。しかし、かつての沖縄での事例のように、長年多くの人々が無関心のままにワクチンを接種せず感染症の流行が広がり、その結果、幼い命が犠牲となってしまったという悲劇も忘れてはなりません。
「“愛”の対語は“憎しみ”ではなく、“無関心”である」というマザー・テレサの言葉があります。我々がただ座して感染症と対峙するならば、その「無作為によって生じた被害に対する責任」もまた、我々にあるのです。
江戸時代、麻疹が流行しても、当時の人々には、まじないや祈りにすがるより他に逃れる手段はありませんでした。現代でも、医療が進歩したとはいえ、いまだ麻疹に対する治療薬はありません。しかし、私たちはここ数十年の間にワクチンの接種という予防手段を手に入れることができました。沖縄県で私たちが、はしかゼロプロジェクト発足時から貫いてきた姿勢~「子どもたちのために、やれることは何でもやる」~これこそが、昔も今も人間が感染症に立ち向かうことのできる唯一の手段ではないでしょうか。

「麻疹軽くする法」/房種戯画 文久2年(1862)4月 36x25cm
麻疹を軽くするまじない法について述べている。節分の夜に門にさした柊の葉を煎じて、麻疹をしていない子供にのませると軽くて災いがないと説く。また、タラヨウの葉に、まじないの歌を書いて川に流すと必ず軽く余病もないと書かれている。
E02491:くすり博物館収蔵資料集(4) はやり病の錦絵 P.44
内藤記念 くすり博物館収蔵
http://www.eisai.co.jp/museum/information/index.html
その他参考資料 ;
「日本から麻疹がなくなる日ー沖縄県はしかゼロプロジェクト活動の記録」
日本小児医事出版社
「麻しんワクチン乳児期接種の経験~沖縄県はしかゼロプロジェクトの起点として」
小児科臨床 Vol.61 No.3 (2008) 416-418
「はしかゼロプロジェクトの現状・沖縄2007」
チャイルドヘルス Vol.11 No.7 (2008) 66(530)-67(531)
沖縄県小児保健協会 はしかゼロプロジェクトホームページ
http://www.osh.or.jp/hashikazero/index.html
(2009.1.9)







