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はじめに

妊娠中の体は、長く胎児を受け入れている特別な状態と言えます。この特別な状態の間、感染症の脅威から母子共に守られる必要があります。そのためにどのような対策が必要なのでしょうか?
2009年、新型インフルエンザ(A/H1N1)が流行した際、ワクチンの優先接種対象者の中には「妊婦」が含まれており、2010年6月末までに45万回の接種が行われたと推定されています1)。 それまで、わが国では、妊婦へのインフルエンザワクチンの接種は禁忌ではないにしろ、積極的に実施されてはおらず、その効果や安全性に関する情報が求められていました。
今回、「周産期の免疫状態」という点から妊婦に対するワクチンの有用性や、感染症予防の重要性について研究されている、国立成育医療研究センター母性医療診療部の山口晃史先生にお話をお伺いしました。

山口晃史先生 ご略歴
東京都ご出身
1985年 順天堂大学医学部付属病院内科レジデント
1988年	順天堂大学医学部付属病院内科 入局
1989-1991年	国立予防衛生研究所(現:国立感染症研究所)エイズ予防財団リサーチレジデント
1991-1995年 ハーバード大学医学部付属病院
1996年 国立感染症研究所 エイズ第1グループ協力研究員
1997年	昭和大学医学部細菌学教室
2002年	国立成育医療センター周産期診療部 母性内科
2003年	同部 医長
2010年―現在 国立成育医療研究センター母性医療診療部 膠原病・一般内科 医長
バックグランド~感染症・ワクチンとの出会い

膠原病を含む免疫疾患と感染症との関連についての研究、エイズウイルス感染症の診断法や治療法、治療薬に関する研究に携わる。最近の研究では酸化チタン(光触媒)粒子の表面にエイズウイルスの標的受容体であるCD4分子を結合させ、その酸化チタン-CD4粒子を体外循環血中に混和し、UVと反応させることにより粒子表面上へ吸着したエイズウイルス粒子を酸化チタン上での酸化還元反応により不活性化させることに成功している2) 。その他、HIV母子感染の原因の解明、予防方法の研究も並行して行っており3)、ウイルス感染の治療・予防に携わる。周産期部門においては妊娠中のウイルス感染の予防が重要と考え、より有効でかつ根拠ある感染防御が行えるようワクチン研究を始めた。

妊婦がインフルエンザの「ハイリスクグループ」に分類されるのはなぜですか?

次の2点から妊娠中はウイルスに感染しやすいだけでなく、特に呼吸器感染症に関しては重症化しやすいとされているからです(図1)。

● 妊娠中の免疫の変化
母体にとって、胎児・胎盤は免疫学的に半異物です。母体はこれらを受け入れて、妊娠を継続させるために、胎児に対する免疫能力を低下させることが必要です。免疫機能のうち、とくに、相対的な細胞性免疫の低下(すなわちTh2細胞優位の免疫状態 図2参照)が重要と考えられてきており4) 5)、この免疫の変化はまだ解明されていない部分が多いのですが、感染症に関しても、理論上、細胞性免疫が免疫応答に重要なウイルス性疾患や細胞内寄生体感染症に感染しやすくなると説明できます。
● 妊娠中の全身状態の変化
妊娠中は循環血漿量が非妊娠時に比べ約1.5倍(出産時)に増加します。これに伴って心臓の仕事量が増え、負担が増大しています。また、胎児や羊水で大きくなった子宮によって横隔膜が押し上げられ、横隔膜の挙上と胸郭の側方への拡大によって、一回の換気量が増加し、必要酸素量も増加します。これらのことから妊婦の心肺機能は非妊娠時に比べて負荷が多く、とくに呼吸器感染症に関しては重症化しやすい身体状況にあると考えられます。

諸外国では妊婦へのインフルエンザワクチン接種はどう評価されていますか?

もともと国際的には、妊婦への不活化インフルエンザワクチン接種について、「接種による有益性が危険性を上回る」との認識のもとに推奨している国が多いようです。
米国では1999年に胎児の器官形成期にあたる妊娠初期をできるだけ避け、14週以降のすべての妊婦への不活化インフルエンザワクチン接種を推奨しました。加えて、呼吸器疾患、心疾患や糖尿病などの基礎疾患があり、インフルエンザ感染により合併症を伴う危険性が高い場合には、妊娠時期にかかわらず接種を受けるべきであるとしました。2004年には妊娠初期を含む全妊娠期間の妊婦が接種勧奨の対象と変更されました6)-8)。これまでに、接種した妊婦の2000例以上の情報がありますが、重篤な副反応や胎児への影響は認められておらず、その安全性は高いと評価されています9)-10)
なお、米国では鼻スプレータイプの生インフルエンザワクチンも認可されていますが、他の生ワクチンと同様に妊婦への接種は禁忌となっています。

妊娠中は、「細胞性免疫」が低下するとのことですが、妊娠経過に伴って変化するのでしょうか?

妊娠中の免疫状態の変動をみるために、30人の妊婦を対象に妊娠期間中(初期、中期、後期)、産後直後(産褥期)のTh1/Th2比(図2)を測定しました11)。妊娠初期のTh1/Th2比を低・中・高値で分けたところ、妊娠経過中の変動に差が現れました。妊娠初期に低値(9.9%以下)の妊婦が最も多く(18人)、全体の60%を占めています。これらもともと低値の人は、その後Th1/Th2比に明らかな変動はありませんでした。しかし、妊娠初期に高値である人ほど、妊娠経過による低下傾向が顕著でした。また、低下したTh1/Th2比は出産後1ヶ月で再度上昇する傾向がみられましたが、元々高値の人では、妊娠初期のレベルにまで戻っていませんでした(図3)。


ナイーブCD4より分化し、免疫獲得を担当するCD4ヘルパーT細胞(Th細胞)は、細胞内寄生病原体(ウイルスを含む)の感染や細胞性免疫が関与する自己免疫疾患に関与するTh1細胞、寄生虫の感染やアレルギー疾患に関与するTh2細胞が知られており、近年では細胞外病原体の感染や様々な自己免疫疾患に関与するTh17細胞の3種類のサブセットに分類されています。それぞれの細胞は異なる細胞間伝達物質を産生し、免疫をつかさどります。末梢血中ではTh17の占める割合は低く、Th1、Th2のバランスで評価されることが多く、一般的にはTh1細胞は細胞性免疫、Th2細胞は液性免疫の評価に使われます。


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