文系からワクチン研究者へ。
柔軟な発想でワクチン創出に
挑む

学生時代の研究内容

研究者を目指し、経済学部から医学系修士課程へ

学部時代は経済学部で経済理論を専攻していましたが、「人々の健康に貢献できるような仕事がしたい」という想いから製薬会社の営業職への就職を志望していました。しかしながら様々な製薬会社の説明会に参加する中で、いまだに十分な治療法がない疾患が数多く存在することを知りました。そこで「新しい医薬品を創出する仕事をしたい」という強い想いが芽生え、臨床に近い研究ができる医学系大学院の修士課程への進学を決心しました。
修士時代は生理学の研究室で、がん幹細胞による血管新生に関する研究をしていました。がん幹細胞は自己複製能や多分化能といった幹細胞的性質を持ち、放射線治療等に抵抗性を示すことが知られています。また、がんはその高い増殖性のために血管新生を盛んに行うことが知られています。私はがん幹細胞が血管新生に関与していると考え、培養細胞とモデル動物を用いた血管新生メカニズムの解明に取り組みました。また、早期創薬を目的としたdrug repositioningによる抗血管新生薬のスクリーニングにも取り組みました。

私の研究について

新しいメカニズムの肺炎球菌ワクチン開発を目指して

薬理研究について

私は創薬研究の中でも薬理研究を担当しています。薬理研究は、基礎研究から生み出されたワクチン候補品を臨床試験(ヒトでの安全性・有効性の評価)に進める前に動物を用いて「期待した薬効を発揮することができるのか」といった観点での研究を行います。複数のワクチン候補品がある場合には薬効の観点から最適な候補品を選び出すことも薬理研究の重要なミッションの一つです。

メインの研究テーマ

私のメインの研究テーマは「肺炎球菌ワクチン開発における薬理研究」です。肺炎球菌は市中肺炎の主な起因菌であることが知られています。肺炎球菌感染症の予防ワクチンとして莢膜を抗原としたワクチン(莢膜ワクチン)が実用化されています。莢膜は肺炎球菌の表層を覆っている多糖体で、その血清型は100種類以上存在することが知られています。莢膜ワクチンの導入により、ワクチンに含まれる血清型の肺炎球菌感染症例は劇的に減少した一方で、ワクチンに含まれない血清型による感染症例の増加、いわゆる血清型置換が問題となっています。そのため莢膜以外を抗原としたワクチンの開発が望まれています。このニーズに応えるために、私たちは「幅広い血清型の肺炎球菌に対するワクチンの開発」をコンセプトに、肺炎球菌の表層に共通して存在するタンパク質Pneumococcal surface protein A (PspA)を抗原としたワクチンの開発に挑んでいます。PspAはその遺伝子のバリエーションから6つのクレードと呼ばれる種類(クレード1-6)に分類されます。日本国内の侵襲性肺炎球菌感染症患者から分離された肺炎球菌のPspAは、クレード1から4で98%以上を占めることが報告されているため、これらのクレードのPspAを含む抗原をデザインすることで莢膜ワクチンに比べ広範な予防効果が期待されます。

PspA ワクチンの作用機序

実際に私たちのワクチン候補品が期待される薬効を発揮するのか動物実験で検証しました。ワクチン候補品を免疫した動物から得られた血清を評価した結果、クレード1から5の各PspAに対するIgG抗体価が顕著に誘導されることが確認されました。また、ワクチン候補品を投与した動物は肺炎球菌を感染させても有意な生存期間の延長を示し発症予防効果が見られました。さらに、抗体依存的な貪食殺菌活性を測定するin vitro試験系を用いて評価した結果、様々な血清型の肺炎球菌に対して貪食殺菌活性を示すことが確認されたことから、私たちのワクチン候補品は動物実験において広範な肺炎球菌に対する予防効果を有することが示されました。

オープンイノベーションと多様な専門性がBIKENの強み

研究環境

薬理研究を進めるにあたり、いろいろな課題に直面することがあります。その場合に私が大切にしているのは、様々な角度や視点から考えてみることです。BIKENには多様な専門性を持った職員が在籍しており、活発な議論ができる環境にあります。また、大阪大学をはじめとした大学や研究機関との共同研究が盛んにおこなわれているため、専門の先生からのアドバイスを取り入れることができるのもBIKENの強みの一つだと考えています。

今後の展望

日本発世界初のワクチンで世界中の公衆衛生の向上を目指す

私の目標は、近い将来に日本発・世界初のワクチンを上市させることです。いまだ治療法が確立していない感染症や、ワクチンの予防効果が十分ではない感染症が数多く存在します。新型インフルエンザウイルス(2009年)や新型コロナウイルス(2019年~)が引き起こしたパンデミックが今後も繰り返し起こる可能性があります。そのような感染症に対していち早く有効なワクチンを開発し、世界中の公衆衛生の向上に貢献したいと考えています。そのためには既存の概念にとらわれずに柔軟な発想を持って新たな研究や技術開発に取り組み、様々な病原体に対して速やかなアプローチができるようなプラットフォームを創り上げていきたいと考えています。